看護師が患者に

| | コメント(0) | トラックバック(0)
闘病経て復職「今だから出来ることがある」

 同じ夢を何度も見た。船の中には自分ひとり。あてもなく、真っ暗な夜の海をただ漂う――。

 盛岡市立病院の看護師、山内梨香さん(34)は2005年秋、乳がんを宣告された。その1年ほど前から左乳房にしこりがあるのを感じていた。

 「顔つきの悪い腫瘍(しゅよう)がある」。担当医からは早めの手術を勧められた。以来、浅い眠りから覚めては死の恐怖に震えた。

 その日までは、何もかもが順調だった。仕事にやりがいを感じ、私生活でも、恋人と温かい家庭を築こうと夢を膨らませていた。

 医療現場で働く者として、人並み以上に病気の知識はあった。患者にがんを告知する場面にも何度も立ち会った。

 しかし、目の前に突きつけられた事実の前に、すべてが崩れ落ちた。

 腫瘍の大きさは2・5センチ。1か月後に摘出手術を受け、乳房も温存できた。だが、切除部分の病理解剖の結果、リンパ節への転移が判明。翌年の1月から抗がん剤治療が始まった。

 副作用は想像以上だった。最初の3日間は吐き続けた。面会に来た友人の赤い服を見て、赤い色をした抗がん剤を思い出し、また吐いた。

 それでも、約4か月に及んだ抗がん剤治療は功を奏し、がん再発の目印となる「腫瘍マーカー」は低い値になった。しかし、07年2月には肝臓に、9月には左大腿(だいたい)骨へも転移していることが分かった。肝臓のがん細胞はラジオ波治療で焼き切ったが、骨に転移したがん細胞の治療は今も続く。

 つらく、長いがんとの闘い。家族に当たり散らしたこともある。そんな日々を支えてくれたのは、看護師の笑顔や言葉だった。抗がん剤でもうろうとした意識の中、ナースコールは頼みの綱だった。症状が落ち着くまで背中をさすり、気力がなえそうになると、いつも変わらぬ笑顔で接してくれた。

 「困っている人の手助けをしたい」。そう思ってなった看護職。見失いかけた自分の姿を、看護師たちは思い出させてくれた。

 昨年暮れ、8か月ぶりに職場に復帰した。手術の影響で、以前と同じようにはできないが、今の自分だからこそ患者のために出来ることがあると思っている。復帰前には、「笑い」が病気の治療に役立つという日本医科大(東京)の講習を受け、「笑い療法士」の認定も受けた。

 「看護する側」と「される側」。自分自身、がん再発の不安と向き合いながら、病気と闘う患者を支えてあげたいと思っている。

 山内さんは2年間にわたる闘病の日々を1冊の本にまとめた。28日に発売される本のタイトルは「がけっぷちナース がんとともに生きる」(1500円)。そして、心の支えとなってくれた恋人とは今年10月、晴れて式をあげる。

   

2008年4月25日  読売新聞)

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 看護師が患者に

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://propolis-ya.com/mtos/mt-tb.cgi/34

コメントする

このブログ記事について

このページは、egaoが2008年7月14日 09:45に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「生活習慣の改善が癌(がん)遺伝子を変える」です。

次のブログ記事は「若返る!?レタス 京大研究所教授ら開発」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。